走り続けた16年(84)

目黒女児虐待死事件①

乳幼児への虐待が後を絶ちません。何ら抵抗する術を持たない乳幼児が遺棄されたり、虐待を受け死にいたる事件が報道されます。それは、暴力であったり、食事や衣類の世話を怠ったり、長時間放置したりする育児放棄(ネグレクト)の虐待もあります。
その中で極めて痛ましい事件が6月6日に発覚しました。本年3月、目黒区で起こった女児虐待死です。

5歳の結愛(ゆあ)ちゃんはひとり、家族とは別の部屋で生活させられ、満足に食事も与えられず、父親に顔などを殴られるなどして、死にいたらしめられた事件です。毎朝4時頃に自らセットした目覚まし時計で起床し、室内灯も暖房もない部屋で平仮名の練習をさせられていたとのことです。そのノートには両親に許しを請う、悲しい言葉が記されていました。

もうパパとママにいわれなくても しっかりとじぶんから きょうよりかもっともっと あしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします ほんとうにもうおなじことはしません ゆるして きのうぜんぜんできなかったこと これまでまいにちやってきたことをなおす これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだから やめるから もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいやくそくします あしたのあさはぜったいにやるんだとおもって いっしょうけんめいやるぞ(読売新聞から引用)

あの愛らしい写真とこの文章を読む度、胸が締め付けられる思いになります。
この事件を風化させてはなりません。児童相談所(児相)には、目立つ場所にあの愛らしい写真とこの文章を掲げてほしい。

結愛ちゃんのSOSの悲痛な心の叫びに児相や警察が度々かかわっていたにもかかわらず、なぜ救えなかったのか。対応できなかった大人社会の責任も痛感します。

私もいたたまれず、6月11日の午後、目黒区の結愛ちゃんの住んでいたアパートを探し、ご冥福をお祈りし、花を手向けてきました。私の育ってきた境遇に似ているところがあるのです。

結愛ちゃんには、天国で美味しいものをおなかいっぱい食べて、たくさんの友達をつくって、あきるほど遊ばせてあげたい。

私は市長時代、学校や保育園、学童保育所や児童館などで、子どもが家庭等での、虐待が疑われるような状況があったら、私が責任をとるから隠さず表に出すようにと指示しました。また、新生児検診や定期検診を受けない子どもには追跡調査をし、安否等の情報を確認させました。それは、受診しないことに問題が隠されている事例があるからです。

児相、警察、病院そして、自治体が連携、情報を共有し、疑わしきを放置してしまうのでなく、安全が確認できるまで執拗に対応する必要があります。このような辛く悲しい事件を二度と起こしてはなりません。

(つづく)

走り続けた16年(83)

置き去られた乳児⑥

Aちゃんの1歳の誕生日が過ぎ、6月の市議会定例会の直前に坂田米子福祉推進課長(後に小金井市初の女性部長)と乳児院に面会に行きました。

いつも受付で大歓迎されるのが、その日はなぜか職員の対応がぎこちないのです。これまではすぐに通されたのが「少しお待ちください」と言ってその職員は受付から引き込んでしまいました。

戻ってきた職員は、「申し訳ありませんが、お会いにならないでいただきたいのです」と言うのです。私は驚きました。怪我をしたのか、病気なのか?当然「どうしてですか」と聞くと、職員は申し訳なさそうに「実はAちゃんを養育してくださる方が決まりました。面会にも度々来られ、相手の家にお泊まりに行ったりして、Aちゃんもなついてます。ここで、お二人にお会いするとAちゃんが混乱してしまうのではないか」との心配からの対応でした。

Aちゃんは平成16年3月12日に生まれ、1週間後の19日(金)夜、本町5丁目の教会玄関前に遺棄されました。翌20日小金井警察署から連絡があり、病院で初めて面会しました。その後、私は職務として苗字と名前をつけ、本籍を定め出生の手続きをしました。また、乳児院に移ってからも一人の面会者もいない彼女の面会を続け、祖父母らしき対応をしてきた私たちは、このまま会わないで帰ることにはならないのです。

私は、「どうしても最後に一度だけでも会わせて欲しい」とお願いしました。

職員は再度の打ち合わせの後、「大変失礼しました、どうぞお会いしてください」と言っていつものプレイルームに通されました。後はいつも通りです。職員から「Aちゃん、おじいちゃんおばあちゃんですよ」と入ってきて抱いた腕から下ろされ、よちよち歩きで近付いてきました。そして職員が「Aちゃん、ぎゅうしてあげて」と言うと、Aちゃんは両手を差し出す坂田さんの首に抱き付きました。暫くして「おじいちゃんにも」と言われて、私の番が回ってきました。これが最後だと思うと辛く寂しく複雑な気持でした。

元気で可愛いAちゃんの里親を希望する人は多く、その中から、選ばれて「特別養子縁組」が決まりました。

Aちゃんは現在14歳、中学3年生になっています。一般的に16歳から18歳くらいまでに他から耳に入る前に、養父母から出生の事実が告げられるようです。その時の養父母の気持ち、それを聞くAちゃんを考えると辛くなります。

事情を知った子どもは養父母と乳児院を訪ねるようです。

Aちゃんが乳児院を訪ねると、そこに保管されている彼女の所持品から、私や坂田さんの存在を知ることになります。その時、私たちを訪ねて来てくれることを願うのです。

Aちゃんを遺棄し、罪の呵責に常に苦しんでいる母や、彼女の誕生すら知らない父が誰なのかを知りたくなることでしょう。

彼女には、この世に生を受けたことに、感謝の人生を送ってくれることを切望します。

私も彼女と再び会えることを心待ちに、その時まで元気でいたいと思っています。

(つづく)

走り続けた16年(82)

置き去られた乳児⑤

Aちゃんの母が妊娠していると気付いたのは、父となる人と別れた後であり、誰にも相談することもできず、悩み苦しんだ末一人で出産しました。

そして、Aちゃんは生まれて7日後の平成16年3月19日夜、本町5丁目の教会の玄関前に遺棄され、すぐに救急車で病院に運ばれましたが、元気で1週間後には退院し乳児院に移りました。

その乳児院は児童養護施設と併設されており、種々の事情により家庭で養育できない18歳までの子どもたちが整備された環境の中で生活していました。しかし、その中で親や親族が分からないのはAちゃんだけなのです。そのため、Aちゃんへ面会に来るのは私たちだけなのです。私は時間の都合が付く限りAちゃんに面会するようにしました。

子どもの成長は早いものです。ましてや月1回ぐらいの面会は、会う度ごとに大きな成長が確認され、私を楽しませてくれました。

それは、寝返りをする、お座りができる、這い這いをする。また、掴まり立ちし、そして、一人歩きができる、等々です。子どもの成長を早回しのビデオでも見ているようでした。

私がAちゃんに面会に行く時は、福祉推進課の坂田米子課長(後に小金井市初の女性部長)に多く同行してもらいました。坂田さんはいつも何らかのプレゼントを用意してくれていました。

私もAちゃんに手紙を書いたり写真を撮ってアルバムにしたり、プレゼントをさせてもらいました。

また、当時の大久保伸親副市長や坂田さんの職場の仲間たちからのプレゼントもありました。そのひとつに、「天からの恵み 受けてこの地球(ほし)に 生まれたる我が子 祈り込め育て…」の歌詞で始まる、夏川りみさんの「童神」(わらびがみ)のCDも含まれていました。

Aちゃんに面会する度、その成長を見て、今後どうしていくべきか考え悩みました。それを知る知人たちからは私が里親になって引き取ればいいのではないかと言われ、家族とも考えましたが、自分の年齢などを考えればそれは無理でした。

里親制度は、さまざまな事情により家庭での養育が困難で受け入れられない子どもたちを、温かな愛情と正しい理解をもった家庭環境で養育するもので、家庭生活を通して、子どもが成長する上で非常に重要なのです。特定の大人との愛情の中で養育を行うことにより、施設とは違った意味での子どもの健全な育成を図ることになります。

また、里親制度には実親との親子関係を存続したまま、養親との親子関係をつくる「普通養子縁組」や実親と暮らせない子どもが、血縁のない夫婦と親子関係を結ぶ「特別養子縁組」等があります。これは、普通養子縁組と異なり、実親との戸籍は抹消されることになり、養子となる子どもの実親(生みの親)との法的な親子関係を解消し、実の子と変わらない親子関係を結ぶ制度です。これには、養親の年齢制限など細かな成立要件があり、家裁が決定します。

(つづく)

走り続けた16年(77)

「今、市政で何が」

平成30年第1回(3月)定例会において特に議論になったのは、「特別職の給与に関する条例の一部を改正する条例」についてであり、その質疑の中で西岡真一郎市長は答弁不能となり、結局、条例改正案は撤回することになりました。

議会最終日「特別職の報酬」に関連した問責決議が提案されました。表題は「特別職の報酬に関し条例遵守を怠った西岡市長に対する問責決議」で、全文は次のとおりです。

西岡真一郎市長(以下「西岡市長」という。)は、今定例会に社会福祉委員の報酬に関する条例を提案した。これは、平成5年から24年間にわたり、条例上月額1万1千円のものを月額1万円で支払っていた事実が発覚したことに端を発する改正案であった。

西岡市長は昨年5月に発覚したにもかかわらず、条例そのものの是正措置を行わず、条例に基づく支給もせず、現在に至るまで約10か月にわたり条例に反する事務処理を続けてきた。その間、議会や監査委員への情報共有や相談もないまま、社会福祉委員への説明会を開催するなどして、一人一人に債権放棄の同意を求めていたことが明らかになった。

これらの経過は、「給与条例主義」という地方公務員法第24条第5項の原則、同法32条の法令・条例遵守の原則から逸脱するものである。
議会において、起案書が一切作成されていないなどの事務手続き上の疑義や理事者の判断の適否についての質疑が続き、西岡市長はそれらに答えられず、議案を撤回した。

条例を遵守すべき市長が、行政運営の長として、適正な指示を行わなかったことは、法治主義の根幹に関わる重大な事態である。

よって、小金井市議会は、西岡市長に対し、一連の事態についての責任を問うとともに、速やかに条例に基づく適正な措置を行い、市政への信頼を回復することを強く求めるものである。以上、決議する。平成30年3月28日 小金井市議会

というものです。

この問責決議は賛成17、反対5で可決されました。

平成5年の条例改正の際の単純なミスに気付かず24年間過ちを繰り返してきました。当時、議員として条例改正に加わり、その後、16年間市長を務めた私にも責任があります。この誤りに気付いた職員は評価されるべきもので、私は感謝しています。しかし、顧問弁護士や監査委員の条例の規定どおりに支給する義務があるとの指摘にもかかわらず誤った支給を続けたトップの判断が新たな問題の提起になってしまったのは非常に残念です。

小金井市議会は地方自治法第98条に基づく「社会福祉委員への報酬誤支給問題に係る検査」の事務検査と同条第2項の規定により監査委員に対し、監査の請求を行うことを市議会は賛成多数で議決しました。これにより、閉会中の総務委員会等で再度審査されることになります。議会が行政のチェック機関としての機能をどう果たせるのか。また、監査委員がどのような判断をするかも注目されます。

(つづく)

走り続けた16年(76)

「今、市政で何が」

平成30年第1回定例会は2月21日に開会し、会期を2回延長し3月28日に閉会しました。定例会は年に4回開かれますが、第1回の定例会は、年間の一般会計予算等が審議されることから特に重要な議会とされます。

提案された一般会計予算は440億5千800万円で、予算特別委員会(予特)で審議され、賛成7、反対15で否決されました。予特は議長を除く全議員で審議されることから、そのままの形で本会議で否決され暫定予算になるのが流れですが、本予算は市民生活への影響等を考慮した自民・信頼、公明、情報公開の各会派が予算の組替え動議を提案しました。

本予算は、政策的に大きく対立する内容ではなく、問われたのは頻繁に表面化する西岡市長の稚拙な行政執行の問題による市政運営の在り方であり、市長のリーダーシップの欠如が大きな議論になりました。

それは、①市政最重要課題である市庁舎等建設のための基本計画策定の予算を計上しない無責任さ。②社会福祉委員の報酬条例を認識しながら、定められた報酬を支払わず、水面下で債権放棄の同意を求めることは、行政の事務執行としては容認しがたい。③「障害のある人もない人も共に学び共に生きる社会を目指す小金井条例」は、自立支援協議会等で2〜3年の長い間検討されてきたが、市議会への提案は議会が開催され、担当委員会の直前であり、新しい基本条例でありながら十分な時間の確保もできず、4月1日の施行が不能になった。④職員のボーナス引上げの否決の要因は、西岡市長就任以来、市民負担は増やすが職員削減等は進まず人件費を増加させるなど行革が後退している。⑤高齢者や障がい者を排除する形での新福祉会館機能に、議会等からの強い要望でシルバー人材センター、悠友クラブ連合会事務局、福祉共同作業所等を復活させることになったことなどが議論となりました。

組替え動議の内容は予算の総額は替えず、歳出増は社会福祉委員報酬の1項目、歳出減は「小金井グランドデザイン策定に要する経費」527万7千円など4項目と軽微なものでした。組替え動議には、予特で賛成した与党や与党的立場の議員もこれに同調するという本来は考えにくい展開で、賛成14、反対8で可決されました。
可決された組替え動議に、市長が6月議会で対応することを約したことから本予算は、本会議において自民・信頼、公明等が賛成に回り賛成16、反対6で可決となりました。

なお「特別職の報酬に関し条例遵守を怠った西岡市長に対する問責決議」が提案され賛成17反対5で可決となりました。

西岡市長には、自らの責任で具体的で明確な政策の方向を定め、職員の努力が徒労に終わらず、業績の上ることを望むものです。

本定例会は、市長のリーダーシップ、行政執行能力が厳しく問われた議会でした。

(つづく)