走り続けた16年(99)

「今、市政で何が」③

平成30年第3回(9月)定例会は現在の混迷する市政を象徴する市議会となりました。

第1に、市・元部長の副市長選任同意案が不同意に。第2は、職員の期末勤勉手当(ボーナス)が職員のモチベーションの低下等を理由にアップされたこと。第3は、この様な状況の中、西岡真一郎市長が市民に約束した重要施策、平成32年度の公立保育園2園の民間委託を2年間の延期を決めたこと。第4は平成29年度の一般会計決算の認定について、賛成5、反対18で平成15年度以来の不認定になったことなどです。

そして、第5は、議会最終日の10月5日に追加上程された補正予算(第4回)です。これは、庁舎建設に伴う議会側からの提案による「新たな配置案の検討」のため71万円の予算計上でした。

庁舎問題に関して、6月議会において基本計画関連予算が議会に提案され、付帯決議の内容を市長が対応するとの答弁から可決されたものです。

しかし、西岡市長は7項目の付帯決議の中で、発注方式を設計と施工を一括発注するデザインビルド方式を、従来の設計と施工を別々に発注する従来方式に変えるという項目は受け入れたものの、他の項目についての回答は示されず、また、検討状況の動きも感じられませんでした。市長から対応策が示されないため、世間では議会が反対するから進まないという風評にすり替えられていました。

膠着状態が長く続くことは問題だと思い、仲間である自民党市議に、市長が対応策を出せないなら議会から具体的な対応策を出す方法もあるとのアドバイスをいたしました。

自民党市議の中の河野律子市議は、昨年2月まで市の幹部職員として、小金井市の課題であった武蔵小金井駅南口の再開発に伴う市民交流センター(宮地楽器ホール)の取得、財政再建のため職員定数削減、給与制度の改善など行革、そして、可燃ごみ処理のため日野市、国分寺市と浅川清流環境組合設立等のため責任ある立場で、これらを実現させた実績を持っています。こうした経験を生かして具体案を提示できると思っていたのです。

議員の多くもこの膠着状況を打開して前に進めなければと考えていたようです。

そのアドバイスが役立ったかは分かりませんが、9月議会の中で6会派12議員により、①、清掃関連施設の暫定移設は行わない。②、(仮称)福祉会館の先行竣工の影響を整理する。③、既存樹木の保全・活用等を検討する。④、庁舎は免震構造、(仮称)福祉会館は耐震構造とした場合等の検討を行う。また、免震構造とすることにより生じる地下空間については、地下駐車場として活用する等の検討を行う、という4項目の前提条件となる「新たな配置案の検討」を市長に申し入れ、その結果、市長は補正予算(第4回)を提案し、賛成22、反対1で可決されました。これは、前に進めなければならないという議会の強い意志が市長の助けとなったのです。

(つづく)

走り続けた16年(97)

「今、市政で何が」①

平成30年第3回(9月)定例会は、平成29年度の決算審査もあることから、8月30日に開会し10月5日までの長丁場となりました。

この定例会は現在の市政を象徴するような市議会だったのではないでしょうか。

その第1は、開会初日の人事案件で市・元部長の副市長選任同意の案件が不同意になったことです。その直前の教育長人事が全会一致で同意された後、副市長の採決では13人が退席したため、本会議に必要な定足数に達せず、その日の本会議は流会になりました。

議員も固有名詞の出た人事案件に反対するのは辛いものがあり、本会議の退席は賛成できないとの明らかな意思表示でしたが、西岡真一郎市長は議案の撤回もせず強行し不同意になりました。人事案件が不同意になることは極めて異例であり、否決されることにより元部長の人物評価に傷が付くことにもなります。議員の反対には必ず理由があります。しかし、それを明らかにすることは元部長の名誉を毀損することになり「市長の提案に丁寧さが足りない」との表現になるのです。

もし、議会の合意が困難なら撤回し、場合によっては再提案の機会もあったと思われます。西岡市長は提案に当ってはもっと慎重であるべきです。

第2は、職員の期末勤勉手当(ボーナス)のアップでした。多摩各市は年間4・5か月にもかかわらず小金井市は唯一4・3か月でした。昨年12月、本年3月にボーナスアップが提案され、議会が否決しました。それは西岡市政になり、それまで減らし続けてきた職員数や人件費総額が増え、行革が逆行していることに起因します。

本年3月、平成30年度一般会計予算は組替え動議の可決に伴って可決されました。その組替えは、ボーナスアップの予算の減額補正を求めるもので、市長がこれを了としたことにより予算が可決されました。そして、市長は6月議会でこの予算を減額しました。

3月議会で組替え動議に同意し、6月議会に減額補正したにもかかわらず、9月議会にボーナスアップの条例とその予算を再度提案するという一貫性のない行動となりました。

しかし、議会は賛成多数でボーナスのアップを認めました。これまで反対してきた議員が賛成に転じたということです。

職員給与に関して、東京都の人事委員会の勧告を尊重するというのは議会共通の認識ですが、今回、議員の態度が変わったのは、ボーナスアップが否決されることで、職員のモチベーションが低下する、というのが理由のひとつのようです。民間企業であれば当然、勤労意欲が高まり、成果が上がったことによりアップするのではないでしょうか。職員の勤労意欲が低下していることがボーナスアップの理由とすれば、果たして市民の理解が得られるのでしょうか。次の都人勧への対応が注目されます。

もし、職員のモチベーションの低下があるとすれば、それは、給与ではなく別のところにあるように思われます。市長のリーダーシップに期待したいものです。

また、この様な状況の中、第3は、保育園の民間委託化の2年の延期が本定例会中に表明されたことです。

(つづく)

走り続けた16年(94)

市制施行周年事業③【記念式典の謝辞】

去る10月7日午前10時、宮地楽器ホール(市民交流センター)におきまして、小金井市市制施行60周年記念式典が行われました。

型通り、西岡真一郎市長の式辞、続いて五十嵐京子市議会議長挨拶、来賓祝辞は小池百合子都知事、国会議員等と続き、その後、市政功労者、市民功労者、技能功労者の表彰や感謝状の授与があり、名誉市民の作家・黒井千次氏、政治学者・毛里和子氏に名誉市民証が贈呈されました。

私は、市政功労賞の対象となり、445人の受賞者を代表して次のような挨拶をさせていただきました。

小金井市市制施行六十周年、誠におめでとうございます。

多くのご来賓の皆様、被表彰者をはじめとする、多くの市民の方々のご臨席を賜り、式典が挙行されますことを、大変うれしく思います。

このような盛大な式典におきまして、多くの諸先輩方を代表し、御礼と挨拶をさせていただきますことは、身に余る光栄であり、あらためて身の引き締まる思いでございます。

大変僭越ではございますが、ご指名でございますので、受賞者を代表して一言御礼を申し上げさせていただきます。

本日は、市制施行六十周年記念式典が挙行され、その大きな節目において、私どもに過分のお言葉と賞状を賜りましたことに、深く感謝申し上げます。

私は、昭和四十八年小金井市に転入し、以来、四十有余年を小金井市で過ごしてまいりました。昭和六十年から市議会議員として四期十四年市政に関わり、平成十一年からは市長として四期十六年にわたり市政運営のかじ取り役を務めさせていただきました。

小金井市が市制を施行して六十年の間、必ずしも平坦な道程ではなく、時代の変遷に伴う幾多の難題を抱え、辛く厳しい時代が長く続きました。しかし、それを乗り越え、明るさを取り戻し、夢を語れるところまで来ました。これも、本日お集まりの市民の皆様のご理解・ご支援と市議会の協力、そして、市職員の努力、また、本日ご来賓として市長、議長等ご出席いただいております多摩各自治体のご協力の結果であります。この場をお借りして、改めて感謝申し上げます。これらの経験は私にとりましても貴重な財産であり、また誇りとするところでもございます。

これからも一市民として、水と緑など恵まれた自然環境、子どもから高齢者まで誰もが安全で安心、そして、心豊かで元気に暮らせるこの小金井市を、自信を持って次の世代に引き継ぐことができるよう、受賞者の皆様とともに、協力してまいる所存でございます。

市長をはじめ関係各位に置かれましては、市制施行六十年という歴史を礎に、私たちの誇りとするこの小金井市が、さらに活力あるまちとなりますよう、一層のご尽力をお願いするところです。

結びになりますが、市政の益々の発展と、皆様のご健勝とご多幸を祈念申し上げまして、御礼の言葉とさせていただきます。

本日は、誠におめでとうございます。また、ありがとうございました。平成三十年十月七日 稲葉孝彦

以上です。

(つづく)

走り続けた16年(92)

市制施行周年事業①【60周年】

本年、小金井市が昭和33年10月1日、人口約4万人で市制を施行し60周年の大きな節目を迎えました。

そこで、市は、10月7日(日)「小金井市市制施行60週年記念式典」を小金井宮地楽器ホール(市民交流センター)で開催します。式典は西岡真一郎市長の式辞、五十嵐京子議長の挨拶、そして、来賓の挨拶となります。

その後、小金井市のまちづくりの発展や、専門的職業に従事し後進の指導育成等、市民生活の向上に尽力された方々に市民功労者、技能功労者等の表彰が行われます。

また、名誉市民に選定された作家の黒井千次氏と政治学者の毛里和子氏に名誉市民証の贈呈が行われ、市民に披露されます。

この60周年の目玉は「小金井市歌」の制定ではないでしょうか。7日の式典の中で発表予定のようです。「市歌」については、市民から募集した「ふるさと小金井」に寄せる思いを基に、専門家により制作されます。10年前の50周年の時にも市歌の作成を考え、小金井市初の名誉市民になられた作詞家の星野哲郎さんにお願いする予定でしたが体調を崩されたことにより断念した経緯があります。

近隣市など多くの市に「市歌」があり、その自治体によって違いはありますが、歌う機会が少なく、「東京都歌」のように埋もれてしまわないよう、小金井市歌については多くの市民に歌ってもらうことを願います。

本年は60年を冠(かんむり)にした事業が数多く行われます。子どもたちをはじめ市民の皆様には、身近で行われる事業に参加し、記憶に残る60周年となるよう盛り上げていただきたいと思います。

7日にはNHKラジオで放送されている「巡回ラジオ体操」が都立小金井公園江戸東京たてもの園前広場で午前6時から6時40分まで開催され、全国に6時30分から生放送されます。市民の皆様!!会場か、ご自宅のラジオの前で健康のため体操に参加しましょう。60周年を契機に、お近くの会場やご自宅で健康寿命延伸のためにもラジオ体操をしましょう。市内6か所の会場で毎日ラジオ体操が行われています。私はウオーキングの合間に毎日場所を変えてラジオ体操をしています。

本年が設立の節目の年になる団体がたくさんあります。小金井市体育協会は70周年、小金井市社会福祉協議会は60周年などです。

また、小金井市が唯一、友好都市盟約を結ぶ三宅村との盟約締結も40周年になります。昭和53年10月1日の市制施行20周年の記念式典で、両自治体の首長の署名により締結されました。

これは、昭和44年、三宅村が小金井小次郎によって築造された「小次郎井戸」の周辺にサクラを植樹するに当って、市や市民が協力した返礼として、昭和51年三宅村からアジサイが贈られ、それを、東京都みどりの監視員が、玉川上水堤等に植樹したことから盟約締結に発展しました。

長い間、小金井三宅島友好協会による民間外交で三宅村との友好の絆が紡がれてきました。その40周年を記念して武蔵小金井駅南口の交通広場に三宅島紹介の銘板を設置します。お披露目は7日の「記念式典」の終了後、宮地楽器ホール北側の設置場所で行います。

(つづく)

走り続けた16年(91)

今、市政で何が【副市長人事不同意】

平成30年小金井市議会(定数24)第3回定例会が8月30日に招集され、まず人事案件先議で開会されました。

まず任期満了に伴う大熊雅士教育長の再任議案が上程され4人の退席はありましたが、反対もなく全会一致で同意されました。

続いて、上程された副市長人事案は、7月末、2人いた副市長のうち、西岡真一郎市長が特に「最適任者」と称して再登板した上原秀則副市長が病気療養を理由に退任したため、8月29日、元・市部長の男性六三を後任に充てるという議案を議会に送付したものです。本会議で数名の議員からの質疑があった後、議長が採決を宣言すると、13人の議員が続々と退席し、地方自治法の市議会の会議成立に必要な定足数の12人を欠き議会は採決不能となりました。五十嵐京子議長は会議を成立させるため退席議員に議場に入ることを求めましたが、それに応ずることなくその日の本会議は流会になりました。

議員が市長の人事案件に反対の意思表示には、その理由と決断が必要です。まして、それが不同意の方向となればさらに慎重になります。そのため、退席は西岡市長に議案の撤回を含めて再考を促したものと思われます。しかし、新聞報道には「市長は『31日以降の採決に応じるよう理解を求める。』という」とあり撤回の意思は全くありませんでした。

翌31日は前日の続きで、全員が議場に入り本会議が再開されました。直ちに副市長の人事案件の採決となり、結果、賛成10反対13で不同意となりました。

西岡市長は不同意になることが分かっていながら撤回せず、採決を求めたのはなぜなのか分かりません。何とかなると安易に考えたのか、外部からの圧力などで撤回できなかったか。撤回するより、否決した議会の責にすることなのか、その真意が計り知れません。

小金井市議会で副市長人事は勿論、人事案件の否決は私の記憶にありません。

職員は庁内の人事には敏感です。特に、副市長人事が内部からの場合、職員は特に関心を持ちます。それは、自分たち事務方のトップに立つ人を決めることであり、長く職員として勤務したことで、その性格など人柄、能力や業績、仕事への取り組み、また、どの様な活動をしてきたか、管理職なら誰でも知ってるからです。今回の議会の判断を職員がどう考えているかです。

私も16年間市長として副市長、教育委員、監査委員や固定資産評価審査委員など、多くの人事案を自らの責任で提案してきました。それは、提案者の管理能力が問われる一面もあるからです。それでも、その都度各会派・各議員に採択の対応を聞き、可決されることが完全であることを確認しての提案でした。

人事案件は理由なき賛成はあっても、理由なき反対はありません。個人の名前が晒され評価されることを考えれば、「市長の人事案の提案の仕方に丁寧さが足りない」との議会の指摘に尽きるのかも知れません。

私の市長時代に、管理職になり部長を務めた人物だけに思いは複雑です。

(つづく)