鉄道は高架化か、地下化か?


 

昨年12月2日の読売歌壇に、

“空澄みて風優しかる秋の午後勿体なくも地下鉄に乗る”

の短歌が掲載されており、その「評」には、心地よい秋の午後。ずっと地上にいたいのに地下鉄で移動しなければならない。人間は無駄なことばかりしている。「勿体なくも」から自然界への敬意が伝わる。とありました。

小平市の市制50周年記念式典が昨年10月に行われた際、近隣の市議会議長さんたちと話す機会がありました。その時、鉄道は高架がいいのか、地下がいいかの話しになり、私は、高架線は目障りであり、騒音や日照などを考えると地下化がいいのではないか。その上、帯状の空地も生まれるので、と話しました。

しかし、反応は意外でした。電車に乗った時、暗いトンネルをただ目的地に向かうのは味気ないが、高架は外の景色を楽しみながら進めるし、次の駅で降りてみようかと考えることにもなる。また、電車が走ることで街に動きが感じられる。中央線の場合は電車の名前や行き先を考えるのも楽しいのではないか、ということでした。

当時の事業費等を考えれば地下化の実現は無理との考えでいた私には、目から鱗が落ちる思いでした。線路際に住む私には、高架化に伴って騒音も大幅に減少したことも実感しています。

車窓から街の風景や季節の移り変わりを楽しんでもらったり、子どもたちにも電車から夢を与えられればと思っています。

小金井を通過する乗客に、小金井で降りてみたくなるまちづくりを進めていきます。