さくら通信

巨星墜つ
鈴木敏文氏が死去

コンビニ・セブン-イレブンの創業により、日本の流通業界は大変革した。

それは、セブン&アイ ホールディングスの名誉顧問 鈴木敏文氏の力によるところが大でありました。

その鈴木氏が、5月18日心不全により死去されたことが報じられた。

享年93歳。

コンビニの出現により街の風景は一変、私たちの生活も同様である。

コンビニ なくして私たちの生活は考えられなくなった。

それは銀行業務や行政の一端を担うまでになっているからです。

私と鈴木氏との初対面は、平成21年3月18日の武蔵小金井駅南口の街びらき、そして、イトーヨーカドー小金井店の開店の日でした。

イトーヨーカドー駐車場で開かれたオープニングセレモニーでお互いに自己紹介し、お互いに「おめでとうございます」と。

鈴木氏から、「再開発ここまで来るのは大変だったようですね」と言われました。

日本経済会を代表する鈴木氏、またお会いすることがあるだろうと思っていたが、それがなくってしまったのは残念です(合掌)

 

さくら通信

映画監督 深田晃司さんをご存知ですか

本年1月19日の日本経済新聞夕刊文化欄に、深田晃司さんの記事が載っていると娘から連絡がありました。

深田さんは中学生の頃、小金井ジュニアリーダーズクラブで活躍しており、当時から映画が大好きだったとのこと。

新聞に書かれていたのは、深田さんの新作「恋愛裁判」についてで、売り出し中のアイドルが契約に反して恋に陥り、所属事務所から契約違反で訴えられ、法廷で事務所社長らと対決するというもので、実際の裁判に着想を得たものということです。

それがなんと現在、南仏カンヌで開かれている「第79回 国際映画祭」の最高賞のコンペティテーション部門に、日本の是枝裕和監督、濱口竜介監督と共に、この深田晃司監督の「ナギ ダイアリー」が選出されているとの報道に驚いています。

連日新聞等で報道されておりますが、小金井市東町出身であることは知られていません。

深田さんが、23日夜に発表の国際映画祭の最高賞を取られ、再度驚かせてくれることを心から願います。

 

さくら通信

石川良一さんを偲ぶ会

5月9日稲城市地域振興プラザで、「石川良一さんを偲ぶ会」が行われました。

石川氏は前稲城市長で、都議会議員現職のまま72歳の若さで、一昨年6月に逝去されました。

多摩都民400万人のゴミ最終処分場・東京たま広域資源循環組合の管理者を務めるなど、多くの公職を歴任し、多摩地域の発展に大きく貢献した地方政治家でした。

平成11年、私の市長初当選と石川氏の3期目のスタートは同時でした。

年齢は私の方が8歳も年上であることから、私は彼を「りょうちゃん」と呼び、彼は私を「 稲葉さん」と呼んでいた仲でした。

石川氏が管理者を務めた、稲城市にある多摩川衛生組合には、小金井市のゴミ処理では大変お世話になりました。

また、多摩地域の今後のゴミ処理のあり方なども話し合った仲間でした。

「偲ぶ会」には、市長経験者は武蔵野市の土屋氏、日野市の馬場氏と私、現職市長は近隣の調布の長友市長、多摩の阿部市長、そして地元稲城市の高橋市長が出席しました。

驚いたのは、会場に着くや否や「稲葉さん 久しぶり」と両手を差し出して迎えてくれたのが、日野市での国分寺市と小金井市の3市共同のゴミ処理施設建設の反対運動で、代表をしていた川久保康夫氏でした。

「偲ぶ会」の実行委員の彼は、私の来るのを知っていて、十数年ぶりにお会いし旧交を暖めました。

お互いの立場で対立してきた彼から、「たまには遊びに来てください、待ってますよ」と言われ、浅川清流環境組合の事業が日野市民に理解されていることを実感しました。

これも石川良一さんの計らいでしょうか。(合掌)

 

さくら通信

モンゴルの旅

5月1日から5日まで、モンゴルを旅してきました。

これは、むさしの・多摩・ハバロフスク協会が主催する「2026植林ボランティアツァー in モンゴル」の事業に参加したものです。

昔から、あの雄大な草原の広がるモンゴルに行ってみたいと思いつつ、踏み切れないでいました。

それが今回決断したのは、 ①当協会が30周年を迎える時、私は設立当時から会員で、平成21年4月からは顧問の役職にありながら、一切の行事に不参加で、せめて退会するまでに1度ぐらいはの思いがありました。

②設立の経過は兎も角、昭和19年8月9日のソ連の参戦で父を失った私にはロシアは遠く、ハバロフスクは私の前任の大久保慎七市長が、3年間の抑留生活をおくった土地でもありました。しかし、それがモンゴルに変わったこと。

③昨年7月帰国の願いも叶わず、異国の地で逝った抑留者の慰霊碑に、天皇、皇后両陛下が 慰霊の献花をされたこと。

また、④前原診療所の穂坂英明先生から、「命の嘆願書」という本を読んでみたらと勧められました。

この本には、モンゴル留中の小金井市前原町出身の、本木孝夫軍医の事が丁寧に書かれており、本木さんは収容所の病院の院長として抑留者の治療するとともに、待遇改善をモンゴル 政府に訴えています。

このようなことから、今回の旅に参加したのです。