ごみ問題

現在問題になっている可燃ごみの焼却場問題は、昭和60年の小金井市議会の決議が発端で起こった問題です。当時二枚橋焼却場を建替えるために、調布市と府中市と小金井市は建て替えを合意しました。そのまま進めば何も問題はなかったのですが、小金井市だけが議会で建て替えの条件として第二工場をつくるべきという決議を全会派賛成で出したのです。私が議員になる直前のことでした。結局、これがネックとなって建て替えが進まなかったばかりではなく、三市の信頼関係も崩れ、解散への道を歩くことになったのです。一部事務組合は結成も解散も構成する市の議会の議決を要するなど面倒な手続きが必要になります。ましてごみの焼却となると、代替方法が見つからないと解散もできません。結局、解散を決めたのは平成16年、実際の解散は平成21年という年月を要しました。

その間、焼却場の老朽化に対応すべく大規模改修でしのぎ、平成21年まで使う予定でしたが、老朽化がひどく地震等があった場合危険と思い、予定より2年早く平成19年春に炉を止めました。東日本大震災のことを考えると、適切な措置だったと思っています。

この4年間の動きをみると、20数名の市民が参加して市内あらゆる所を調査検討した上で1年3か月の議論ののち、新たな焼却場用地として二枚橋焼却場跡地という提言をいただきました。それを受け、調布市や府中市と土地を借りる交渉をしたものの、なかなか良い返事がもらえず、東京都が調整に入ったものの不調に終わっています。そのため、何もしていないと市民からの批判が出るわけですが、この間支援先との調整、減量施策の推進、可能な様々な方法の検討をしてきました。市民の努力で可燃ごみの一人当たりの排出量は日本一少なくなっています。この間のごみを支援として焼却していただいた多摩各市の市長さんたちは私を信頼し支援を続けてくれました。感謝です。

今、小金井でこのごみ問題の交渉ができるのは、作ってきた信頼、交渉の経過、各市の条件等々の分かる私しかいないと思っています。