走り続けた16年(128)

市議会議員として⑨

昭和60年5月の市長選挙で相手候補の倍近い得票で圧勝した保立旻市長の2期目はスタートから非常に厳しいものになりました。

2期目スタートして間もなく、現業職員5人を採用することにより絶対多数の与党体制は1か月も経ないうちに亀裂が入りました。それは、保立市長を支える与党議員の選挙公約に反するもので、市長の選挙公約にも反する内容だからです。

さらに、保立市長が苦しんだのは、調布、府中、小金井の3市の可燃ごみを共同処理していた二枚橋焼却場の建て替え問題でした。

これは、3市の市民の排出する可燃ごみは、昭和33年以来3市の市域に跨がった二枚橋の区域で焼却処理をしてきました。

しかし、施設の老朽化による焼却量の低下と、人口増によるごみ量の増加により安定的な処理が困難になり、早急な建て替えが必要とされました。そこで、3市を代表する6人の議員で昭和57年7月以来、建て替えに向けての協議・検討を進めていたのです。

昭和59年3月の小金井市議会の市長報告で「現有敷地内で現有施設を稼働しながら建て替える基本計画が示され、昭和59年度予算に施設近代化に関連する予算が二枚橋組合議会で可決されている」との報告がされました。保立市長は本計画に沿って進めていく考えを示しながら、他の2市とは立場が異なるとし、地域住民との対応を優先して考えたい、と複雑な心境を吐露していました。

そして、昭和59年9月、市議会の全員協議会で保立市長は、「ごみ焼却事業について3市共同による組合運営を堅持する」とし「焼却施設が老朽化し日常のごみ処理にも支障が生じてくるので、現有敷地内で現有施設を稼働しながら建て替えることを基本計画とする施設近代化計画を進める立場である。従って、小金井市により凍結されている近代化基本計画に関する二枚橋衛生組合予算の凍結解除を認めてほしい」と議会に要請しました。

これに議会側は近代化の具体案が明らかにされていない上、環境影響事前調査の実施に関し地元の同意が得られていないこと等が指摘され、凍結解除に関し議会の理解は得られませんでした。

昭和59年12月の市議会では、二枚橋焼却場については早急に建て替えを進め、公害等を解消する立場で対処したいとの方針が示されたのに対して、住民に迷惑をかけない施設とすること等を二枚橋衛生組合に意見具申していくよう市長に申し入れました。市長は、市議会の要望に対し、「意向を承って今後二枚橋衛生組合に十分意見を申し上げるよう努力していきたい」と答弁しています。

それが、昭和60年当初に行われる市議選や市長選の直前の市議会で、他の場所に第2工場の建設計画を二枚橋焼却場の建て替え計画と同時並行で進めるべきであるとの内容の「二枚橋焼却施設近代化計画に関する決議」が全会一致で議決されたのです。

この決議は、小金井市側から見れば当然の要求のようにも見えますが、調布、府中の2市には逆鱗に触れるような内容であり、多摩地域全市においても小金井市のこの対応は大きな不信感を生むことになりました。

(つづく)