走り続けた16年(78)

置き去られた乳児①

14年前、平成16年3月20日(土)、武蔵野東中学校(小金井市緑町2丁目)の卒業式に出席した私は、雪混りの冷たい雨が降る中を、小金井市立の小・中学校の卒業式では聞くことのなくなった「仰げば尊し」を卒業生、在校生、教職員、保護者等と皆で歌い、その歌を口ずさみながら自宅に戻りました。

自宅に着くと妻が「市役所で至急電話がほしいそうです」とのこと。担当の電話は、「昨夜、遺棄された女の赤ちゃんが発見されました。警察が待機しているので至急小金井警察署に行ってください」とのことでした。車を運転しながら、昨夜はそんなに寒くなかったことを思い出しながら署に入りました。

署にはF刑事が待っていました。刑事は小金井署に移動して間もない頃、市内の火災現場で会ったのが最初でした。その火事の原因が焼身自殺だったことからF刑事を知ることになりました。

F刑事の話は、「昨夜、本町5丁目の教会の玄関のインターホンが鳴り、教会の関係者が玄関に出ると、小さな段ボールがひとつ置かれていました。そして、その中には生まれたばかりの赤ちゃんが入っていたのです。教会から警察に連絡が入り、赤ちゃんは救急車で武蔵野日赤病院に入院した」とのことです。私は、警察から訪問することの連絡をお願いしてすぐに武蔵野日赤に向かいました。

病院での赤ちゃんは、これまでの経過が分からないことから新生児室の一人だけ離れたベッドにいました。特殊な環境にあるためか手の空いた看護師さん数人でベッドを囲んでお世話してくれていました。看護師さんは「昨夜、救急車で運ばれた後、早速体を拭いてミルクをあげたら勢いよくたくさん飲みました。はるちゃんはおなかが空いていたようでした」とのことです。赤ちゃんは、看護師さんたちからはすでに「はるちゃん」と呼ばれていました。名前がないと対応しにくいので、今の季節から「はるちゃん」と呼ばせてもらっているとのことでした。

看護師さんたちの勧めもあり、可愛く元気な「はるちゃん」を抱くと、看護師さんたちが口々に「はるちゃん、おじいちゃんですよ」と言われ、一瞬にして「はるちゃんの祖父」になりました。

週が明けて、市職員から「手続きの都合があるので名前を付けてください」と言われ、「よし、良い名前を付けてあげるぞ」と言うと、「名字と本籍もお願いします。名字は稲葉や小金井は避けてください」とのことでした。そうです、名字も付けなければならないのです。

法的には、戸籍法第57条〔棄児〕①棄児を発見したもの又は棄児発見の申告を受けた警察官は、二十四時間以内にその旨を市町村長に申し出なければならない。②前項の申出があったときは、市町村長は、氏名をつけ、本籍を定め、且つ、附属品、発見の場所、年月日時その他の状況並びに氏名、男女の別、出生の推定年月日及び本籍を調書に記載しなければならない。その調書は、これを届書とみなす。とあります。

(つづく)