走り続けた16年(43)

苦闘する庁舎問題⑭

平成26年第3回(9月)定例会後半に予定されていた決算特別委員会を棚上げし、第二庁舎取得のための全員協議会の質疑が続きました。

全庁あげてリース庁舎の解消のため、第二庁舎取得に取り組んでる最中に、上原秀則副市長から「(所有者との交渉は市長と総務部長であり)日時、概要等について、私を含め、部課長も存じ上げておりません」との信じられない答弁が飛び出しました。

さらに、私自身が直接交渉してるにも拘わらず、成年後見人制度など煩雑な法的要件が絡むことから総務部長を同席させたことを、あたかも、総務部長が交渉していたかのようにすり替え「小金井市組織規則や小金井市処務規定を無視しての交渉で、組織の体をなしていない、大事なことなので答弁は急がないが」との上原副市長への質問に対し「一定お時間を頂きたいと思います」と、答弁を保留したのは残念でした。

市の事務方のトップにある副市長には「私たちは、法令や条例を順守し、規則、規定に反しない行政執行をしている」と言い切って欲しかったのです。組織規則や処務規定は市長の権限を制限するものではないのです。

篠原ひろし議長から、これらの答弁を受けて「答弁が無茶苦茶だ、第二庁舎取得の提案を取り下げてはどうか」と改めて言われましたが、私は「私の答弁が市の考えです」と伝え、この時点ではこれに応じませんでした。また、上原副市長の保留した答弁は、保留のままで終えてしまいました。

市政の執行においては大きな権限と責任を有する市長も、議会に関しては招集する行為までで、招集後の議会運営は議長の権限の範疇(はんちゅう)になり、議長の差配によることになります。

第二庁舎取得の補正予算は予算特別委員会へ付託されることもなく、法的位置付けのない、議会全体の共通認識とするための、いわば勉強会の全員協議会に留め置かれ、その中で激しい議論が続けられました。

取得に反対する市民からは、議員や市長に要望書等も提出され、昼休みには、市民グループ十数人の人たちが本庁舎前でハンドマイク等を使って「第二庁舎取得、絶対反対」のシュプレヒコール等も聞こえてきました。

私は、議決機関である市議会が議決しないことを理由に、市長の権限で議会の議決を得ないで予算を執行する専決処分も考えました。しかし、第二庁舎取得は、法的要件として予算措置の議決のみならず、財産取得の議決を必要としています。もし、強引に専決処分をすれば議会多数とのがちんこ対決となり、財産取得の議案が可決されることは不可能となります。

市民の悲願であるリース庁舎が解消になり、財政効果にもつながる第二庁舎の取得は、議会多数の議員に私の考えを節目節目で伝え、理解されての提案だったのですが、議会の議論の流れによるのか、市民運動に動かされたのか、私の想定通りの展開にはならずリース庁舎継続をすることになりました。

(つづく)

走り続けた16年(23)

財政健全化への闘い ⑬

昭和60年9月議会で議決した「学校施設管理に関する決議」について、労使の協議が全く進展せず、その決議の内容を掲載した私の「壁新聞」を外して欲しいと大久保慎七市長から懇願されました。

市長と議員は別機関であり、議員の活動に要望するということはありえないことです。それを十分に理解している市長ですので、行政の円滑な運営のためか、職員組合の激しい突き上げか、組合の注文を聞かざるを得なかったのでしょう。

問題は「影の市長」と称された、組合委員長の実名を挙げての批判を掲載したことからであり、混乱は覚悟の上のチラシであり壁新聞でした。

市長と話し合い、私の考えを理解していただき、学校施設警備の改善に努めることを条件に、壁新聞を剥(は)がしました。剥がした場所に貼られた新たな壁新聞は、市長室前の座り込みの写真でしたので、再び一悶着となりました。しかし、カリスマ的支配の組合委員長に特化したものでないことからか、「外せ」との声は聞こえてはきませんでしたが、引き続き大久保市長を煩わせました。

昭和62年第4回市議会定例会の総務委員会で「議員の市政ニュースに関して」と、私のチラシや壁新聞が議論の対象になりました。

さらに、昭和63年第1回定例会の予算特別委員会で再び議論となりましたが、その的は私ではなく、大久保市長に集中してしまいました。それは、労働組合との団体交渉の席で市政ニュースについての問題提起に対し、組合委員長宛てに「この内容について、議員に理解を得る方法に意を払ってなく大変申し訳ございません」と発信番号のついたお詫びの公文書を手交したことから、市長の越権行為だとのことです。

また、壁新聞の内容である18平方㍍の事務室を組合委員長ら2人だけで占有していることに対し、総務部長からは「事務室の面積、起債申請に伴う面積、比較はその通りです」との答弁で、記載内容には誤りの無いことが証明されました。

市長からはお詫びの発言がありましたが、委員会は収まりません。委員会最終日まで質疑を保留し、黒川輝秀委員長は「市政ニュース問題は議長においてしかるべき処置をお願いすることで質疑を終了したい」とし、委員もやむなく了解しました。

それを受けて、昭和63年第2回定例会終了にあたって、田中剛議長から「この際、議長から市長に対して一言申し上げておきます。去る3月定例会の予算特別委員会において提起された、いわゆる市政ニュース問題に関してであります。本件につきましては議員が議員活動の一環として行った行為であります。それにもかかわらず、市長に対して他の機関等から何らかの形で問題提起がなされたからといってそれに回答する形で公文書をもって遺憾の意を表することは、市長の職務権限を逸脱したものであると言わざるを得ません。よって、今後、かかることのないよう十分留意して行政執行に当たっていただきたいということを申し上げておきます。」という発言で議会は表面上、一応の決着をみました。

(つづく)

平成26年3月31日 市長による職員向け庁内放送

 

職員の皆さん、市長の稲葉です。

平成25年度も本日で大過なく終わろうとしています。

先ほど、本年度一杯をもって定年退職される19人の方々に退職の発令を出させていただきました。また、このあと、ご挨拶をいただくこととなりますが、三木副市長におかれましても本日付けで退職ということとなり、辞令を出させていただいたところです。

定年退職される方々のほとんどは、私が議員として市政に関わる前から長きにわたり市民のため、そして、小金井市政発展のためにご尽力をいただいた方々です。

市長として、あるいは議員時代から大変お世話になったとともに、これまでのご尽力に大変感謝をしております。長い間、本当にありがとうございました。

また、三木副市長におかれましては、私が再び市長として務めさせていただいた後の平成24年4月からご就任いただき、特に市政の最重要課題であった「ごみ処理施設」の問題にご尽力をいただきました。本年1月には、日野市、国分寺市との3市で可燃ごみの共同処理を行う覚書を取り交すことができ、ごみ処理施設の問題が、解決に向けて大きく一歩を踏み出すことができました。これも三木  副市長のおかげであり、これまでのご尽力に感謝するとともに、東京都に戻られましても益々のご活躍を期待いたします。

さて、本日で平成25年度を終えることにあたり、一言、ご挨拶させていただきます。平成26年第1回定例会が2月21日から開催され、3月24日に終了いたしました。平成26年度の予算も含め、非常に議案件数の多い定例会でありましたが、特に予算特別委員会の審議においては、深夜3時40分まで開かれた日もありました。1か月を超える期間でしたが、職員の皆さんにもご協力いただき、予算を含めて全ての議案を議決できたことに感謝しております。

平成26年度予算は、危機的な財政状況のなか、大変厳しいものとなっておりますが、限られた財源を効果的かつ効率的に活用しつつ、より一層の市民サービスの充実、増進を図っていかなければなりません。職員の皆さんにも現状に満足せず、常に改善意識を持つよう心掛けて下さい。

全国に名を馳せてしまった「ごみ問題」は、解決に向け大きく前進しております。広域支援をお願いしている施設や周辺住民の皆さんに感謝をしつつ、来年度は、明るい話題、小金井市の素晴らしさや魅力を内外に積極的に発信する“シティプロモーション”にも職員の皆さんとともに力を注いでいきたいと考えております。

職員の皆さん、明日から来年度です。お互いにがんばってまいりましょう。どうぞよろしくお願いいたします。