衆院選 ②
10月22日投開票された第48回衆院選は事前のマスコミの予想どおり、与党、自民・公明の両党が総定数465議席のうち、憲法改正の国会発議に必要な3分の2を超える313議席を獲得し圧勝しました。
しかし、武蔵野市、府中市、小金井市の東京18選挙区は自民党の土屋正忠、立憲民主党の菅直人、希望の党の鴇田敦の3人が立候補しましたが、実質的には「土菅戦争」と呼ばれる土屋と菅との5回目の一騎打ちの様相となりました。
選挙前の土屋が一歩リードのマスコミ報道は選挙対策の責任者である私にとっては困惑する情報発進でした。従前の選挙の菅の得票数に共産党票を加えれば、それは自ずと明らかだからなのです。
結果は、菅の9万6千713票(40・73%)に対し、土屋は9万5千667票(40・29%)と1千46票(0・44%)の僅差で菅の勝利となりました。因みに小金井市では菅の2万4千126票に、土屋は2万1千126票と3千票の差でした。従来から革新が強いとされてきた武蔵野市、小金井市であり比例代表選でも自民党は立憲民主党に及びませんでした。
土屋を支援する議員や選対メンバー、市民の方々には頑張っていただきました。敗因は転出入の多い市民に、土屋の人柄や実績、それに、これからも地域にとっても必要な人であることを伝え切れなかったことです。73歳以上は比例名簿に登載しないという自民党の規約により、東京25選挙区で最も高い惜敗率にもかかわらず、土屋の比例復活はありません。一方、菅は民進党が合流する希望の党から「排除」されたことが幸いし、塞翁が馬を感じさせる当選を果たしました。
土屋と菅との最初の闘いは平成17年8月、小泉純一郎総理主導の郵政民営化の議案が参議院で否決されたことから小泉総理による郵政解散の衆院選でした。土屋は小泉総理から直々に懇願され武蔵野市長を辞職しての立候補で、9月11日の衆院選では菅12万6千716票、土屋11万8千879票で、その差、7千837票で菅が当選しました。
この選挙で自民党は比例名簿1位に猪口邦子、2位は土屋が登載され、他の小選挙区の候補者は全員が惜敗率により復活当選が決まる並列3位にランク付けされました。そのため、土屋の比例での当選は戦う前から決まってしまいました。この選挙に関しては後日、詳しく報告させていただきます。
二度目の対決は平成21年、自民党に逆風の政権選択マニフェスト選挙で、民主党が308議席を獲得し、鳩山由紀夫による政権交代の実現、自民党は下野しました。この選挙で、菅の16万3千に対し土屋は8万8千票で落選し、3年3か月間の浪人生活となりました。
平成24年12月の三度目の対決は土屋が総理をも経験した菅に勝利したが、菅は比例で復活しました。また、自民党は294議席の当選を果たし3年3か月振りに政権に復帰しました。
3年後の平成26年12月、四度目の選挙も土屋が勝ち、菅は衆院選最後の議席となる475番目での比例復活でした。そして今回、五度目の戦いとなりました。(敬称略)
(つづく)