さくら通信

青山 佾元副知事との再会

7月30日「元立川市長 青木久氏のお別れ会」が、立川の白峯殿で開かれました。

会が終り、最寄り駅である多摩モノレールの泉体育館駅まで炎天下を15分ほど歩いた。

ホームで電車を待っていると、石原慎太郎都知事の下で副知事を務めていた、青山 佾(やすし)氏がエスカレーターで上がってきた。

お別れ会に青山氏が出席したのは、私の前の席にいたので 分かってはいたが、顔を合わせることはなかった。

青山氏とは何年振りかの再会で、「青山さん」「やぁ稲葉さん、久し振り」から始まりました。

中央線高架化最大の難関を、お互い力を合わせて突破した同志なのです。

それは平成12年8月、武蔵小金井駅近くの農地を仮線用地として借りる必要があったが、相続税納税猶予の農地であり、借用することが困難で、東京都は「隘路に陥った、事務的には無理なので政治的解決を。」との要望を受け、租税特別措置法第70条の4の改正を、橋本龍太郎元総理の力を借りて法改正を果たしたのです。

その時の都の窓口が、青山副知事だったのです。

「法改正は、私にとって大きな仕事の一つでした。」に、 青山氏も「私にとってもです。」 とのことでした。

久しぶりに青山氏にお会いして、中央線高架の思い出話ができた楽しいひとときでした。

 

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青木 久 元立川市長のお別れ会 

元立川市長で東京都市長会、全国市長会の会長を務められた青木 久さん(101歳)のお別れ会が、7月30日15時から立川市の白峯殿で行われ、100人を超える人々が参列しました。

青木氏は、昭和36年旧砂川町の収入役を振り出しに、合併後の立川市の助役、そして市長を5期20年務められ、立川市の街づくり、中央線高架事業、多摩モノレールの基礎を築くなど、多摩地域発展に大きな貢献をされました。

会は、発起人の挨拶、立川市長の弔辞などで、青木元市長の業績が披露されました。

遅れて市長になった私も、中央線の高架事業など、一緒に仕事をさせていただきました。

ご冥福をお祈り致します。

さくら通信

政治とカネ

国民の期待を一身に受けて、首相の座に着いた田中角栄氏。

その後、ロッキード事件で賄賂を受け取ったとして受託収賄罪などに問われ、一審二審にとも有罪判決を受けたが、最高裁に上告中に死去したことにより、有罪が確定することなく裁判は終えた。

しかし、贈賄側は有罪の判決が確定した。

首相の金の問題である、政治家としての田中角栄氏に期待していただけに残念でした。

それから50年、相変わらず政治とカネの問題です。

福岡県議会において、議会のポストを巡って高額の金銭の授受があったと報じられています 。

送った方も、受け取った方も恥ずかしいことです。

徹底的な解明を期待します。

議員、政治家には金額の多寡にかかわらず、常に清廉さが求められます。

選挙の当選でみそぎを果たしたことにはなりません。一発で「退場」です。

福岡県においては、行政内部においても問題があるようです。

こちらの解明も求められますます。

さくら通信

神島せつ子さんお別れ会

神島せつ子さんが5月11日、誤嚥性肺炎で逝去されました。 享年95歳。

神島さんのご子息から連絡があり、15日に神島さんにお会いしました。

葬儀は家族で行うということでしたが、私に出てほしいとのことで、18日の葬儀に参列しました。

その後、小金井三宅島友好協会の福平良全会長と、お別れの会を催すことにしました。

6月28日、小金井市商工会館でお別れの会を開催しました。

三宅島からは、村長、議長等が出席され、会場には生前の神島さんの拡大された200枚近い 写真、三宅島から届いたあじさいも飾られ、華やかな会場になりました。

私は「神島さんにも見せたい」との思いでした。

神島さんは、昭和51年に三宅島から送られた紫陽花の植樹から、関綾二郎会長のもとで40数年間事務局長を務め、その後、会長、相談役を務め、三宅島との民間外交に努められました。

また、行政相談員にも就かれるなど、市政に多大の貢献をされました。

神島さんのご冥福を心からお祈りいたします。

さくら通信

三宅島の旅

7月7日から9日まで、2泊3日で小金井 文化連盟の方々と三宅島を旅しました。

これは、前から三宅島に行きたいとの声を聞いていて、連盟の行事の少ないこの時期に設定しました。

三宅島は前日までは梅雨が続いていたが、私たちは3日とも猛暑でない程度の晴れで、天候にも恵まれました。

調布飛行場からの一番機は部品が届かず欠航になり、私たちの乗る2番機は1時間遅れで飛び立ちました。

太平洋にかかる頃、機の下は完全に雲に覆われていました。

しかし、富士山だけが頭を出してるのを見て、機内に感嘆のどよめきが起こりました。

1時間遅れの到着で13時からのスタートになったが、予定通り島の南部坪田、阿古を回り、温泉につかり民宿の食事に舌鼓をうち1日目が終えました。

2日目は島の北部の伊ヶ谷 そして 小次郎 井戸のある伊豆地区、 東部地区の神着、 そして 坪田 と島を1周しました。

神着の島役場跡で、御笏神社の宮司である壬生家ご家族と話すことができ、私が「壬生家に小金井小次郎の身の回りの品があると聞いているのですが」と話すと、「はい、あります」と即答で、出された年季の入った木箱には「小金井小次郎三宅島遠島中市持?」「煙草入」とあり、「三宅島 壬生家 蔵」書かれていました。

残念ながら、若いお嫁さんに迷惑かかることを思い「開けてもらえませんか」とは言えませんでしたが、次回は事前に連絡して見せて貰いたいと思っています。

連盟の華道の方々は草花に関心が深く、行く先々で花を見れば花談議になりました。

夜、屋上の見晴台から見る星空にも感激し、時を忘れるようでした。

3日目はバスで行けなかった大路池や迷子椎を見、おさらいに島を一周し、伊ヶ谷港で地元の櫻田前村長や奥様と多くの方々に見送られ、橘丸に乗船し島を離れました。

船内では飲食をしながら、次第に小さくなる三宅島や海を、そして東京湾、東京港の夜景を楽しみながら無事帰還しました。

三宅島では、山高村長、櫻田前村長、平野元村長をはじめ、古い知人と旧交を温めることができ、私自身も充実した旅になりました。

飛行機の部品調達の遅れによる欠航や遅延、そして計画段階で8,560円だった船賃が、1万3420円と4,860円の値上げになったのには驚きました。

これも、トランプ大統領による原油高騰の結果です。