走り続けた16年(185)

コロナ禍について

中国に端を発した新型コロナウイルス、瞬く間に地球全体に蔓延し社会的、経済的危機をもたらしています。世界中の人々が一斉に生命の危機に直面することは、人類史上これまでに経験のないことと思われます。

連日、世界各国から地元の市町村に至るまで、新規感染者との報道が、早朝から深夜まで繰り返し続けられますが、事態はなかなか好転への兆しが見えてきません。

コロナ禍の救世主とも思われるワクチンの接種が各国で行われ、その接種率や効用が報道される中、遅れていた国内接種もようやく始まり、各地で混乱も起こっています。政府は十分なワクチンが確保されているとしていますが、少しでも早くの心理がコロナの脅威を表明しています。

医療機関が充実し衛生意識が高く、環境が整備されている日本にあっても、この混乱です。ましてや発展途上国や、紛争・内戦により迫害を受け、住み慣れた故郷を追われ難民キャンプでの生活は、医療体制の不備、密集した生活で食料や清潔な水の不足する中、感染者が出れば感染拡大は避けられない危険な状況です。現在、難民生活者は8千万人ともいわれています。

新型コロナウイルスによって命の危険にさらされている感染者に対して、生命の危険の中、医療の最前線で崇高な使命感の下、防護服を着ての献身的な活動を続ける医師や看護師をはじめ介護施設などに従事する方々には感謝です。また、私たちが生活するに欠かせない仕事をしてくれているエッセンシャルワーカーの皆さんのご労苦にも感謝です。

コロナ禍により私たちの生活は一変しました。それは、新しい日常とされているソーシャルディスタンスの設定や不要不急の外出を控え、ステイホームの推進。さらに、5月11日までの3回目の緊急事態宣言が東京、大阪、京都、兵庫の4都府県に発令され、再度の休業、時短等の要請になりました。丁度、大型連休に重なることから行楽や帰省などに対しては自粛してほしいと政府は求めています。この大型連休を終えて感染者数が減少して宣言が解除されることを願いましたが、さらに延長されることになりました。

飲食店や中小小売店、観光業等への影響は計り知れず、それに携わる人々の生活環境は厳しいものがあります。環境の激変により社会的弱者といわれる人々が生活に困窮することのないように、今こそ政治の出番です。

小金井市においても「一人も取り残さない市政」が言葉だけでなく、どこにでも目が届くものであってほしいのです。その結果「小金井市に住んでよかった」と言われる市政が実現できるのです。

このコロナ禍により各種行事やボランティア活動が中止され、存続も危惧されます。

国民が待望したオリンピック、パラリンピックの開催が近付いてきました。開催の環境を一日も早く整え、失われた月日を取り返すためにも、世界中の子どもから高齢者まで誰にも夢と希望と感動を東京から発信してほしいものです。

オリパラ競技はステイホームを励行し、映像で楽しむことです。それにより、感染拡大が収束することを強く期待します。

(つづく)

走り続けた16年(21)

世界平和への思い③

平和、そしてスポーツの祭典であるブラジル、リオデジャネイロオリンピックが開催されています。

日本勢の大活躍もあり、多くの人に夢や希望、勇気や感動を与え、たくさんのドラマが生まれています。これから、パラリンピックも行われます。

4年後の東京オリンピック・パラリンピックに向けての弾みにもなり、さらに盛り上がっていくことでしょう。この祭典が世界平和に向けての大きな一歩になることを期待します。

8月2日午後、小金井市の平和のシンボルとなるアオギリが西岡真一郎市長、関根優司総務企画委員長によって武蔵小金井駅北口広場の西側に植樹されました。

それは、昭和20年8月6日、広島に投下された原子爆弾で14万人が一瞬にして命を奪われるなど広島は壊滅的な被害を受けました。その爆心地から約1・3㌔㍍の地点で熱線と爆風で幹を大きくえぐられ被爆したアオギリが、その後、青々とした芽を吹き、広島市民に生きる勇気と希望を与えました。その被爆樹の二世になるアオギリなのです。

これは、平成21年8月に長崎で行われた「平和市長会議」の総会において、本市も加盟したことから、アオギリが必要かとの問い合わせが広島市からありました。私は、担当に「必ずもらえるように頑張れ」と指示し、私自身も広島市長に平和事業に対する考えとともに、「小金井市は水と緑に恵まれ、植木の街でもあり、すでにアオギリの植える場所も決めており、三世、四世と増やしていきたい」と私信にしたためた程でした。

植樹の場所については、JR中央線の高架化事業の開始時、移転を余儀なくされた植木畑の白木蓮(はくもくれん)に「この木を残してください」との市民の張り紙がありました。所有者で友人の大久保佐一郎氏と相談し、JR、都の協力で場所を変えて北口に残すことにしました。

移植後も、春には白い綺麗(きれい)な花が満開でした。

それが、道路整備で再度の移植となり白木蓮には大変酷なことであり、不安は現実となってしまいました。

私は大久保氏にお詫びを申しあげ「今後、あの場所には何か記念になるものを植えます」と伝えていたので、このアオギリの植樹はそれにぴったり適うものだったのです。

戦後生まれが国民の80%を超え、悲惨な戦争を体験した人も少なくなり、その記憶が風化されることが危惧されます。それを次世代にきちんと伝えていくため、戦後70年の節目でもある平成26年第4回市議会定例会で、3月10日を「小金井平和の日」と定めさせていただきました。小金井市は空襲による被害は少なく、特に記録なども無いことから東京大空襲の日にしました。

この日に合わせ、市は平和事業を行いますが、戦争の悲惨さを風化させないために、家庭で、学校で、そして地域でも戦争の悲惨さ平和の尊さを次世代に伝えていただくことを願っています。

「世界平和への思い」は今後も適宜寄稿させていただきます。