さくら通信

「ぐりとぐら」の中川李枝子姉妹

4月16日、昨年10月に亡くなった児童文学作家の中川李枝子さんと、令和4年9月に亡くなった妹の挿絵家の山脇ゆり子さんのお別れ会が、都内で開かれたことが報じられました。

お二人にお会いしたのは平成20年3月28日でした。

スタジオジブリの宮崎駿監督から、保育園「3匹のクマの家」が完成し、4月1日に開園するので家族で保育園に来てほしいと連絡がありました。

それは、監督のスタジオの隣地の保育園用地取得から開園まで、私が関わってきたことからでした。

家族は大喜びで、妻と2人の娘と孫の5人で参加しました。

宮崎監督が、私の家族ら十数人を引き連れて園内外を説明して歩いている時、私の次女が「 あの方は中川さんですか?」に監督は、「そうです。中川さんは保育の経験もあるんですよ。」との言葉に娘は嬉々として、中川、山脇姉妹に「 私はぐりとぐらはほとんど読みました。」と話し、2人からべったり離れず歩いているのを見ていて、今日の会の趣旨と違うんだがとの思いでいました。

私も、中川さん、山脇さん姉妹にお会いするのはこの日1日限りでしたが、強い印象として残っています。

外国でも多くの人々に愛読され、これからも永遠に愛読されていく作品をたくさん作られた、お二人のご冥福をお祈りいたします。

 

走り続けた16年(93)

市制施行周年事業②【こきんちゃん誕生】

本年、小金井市は市制施行60年の節目を迎え、10月7日「市制施行記念式典」が宮地楽器ホール(市民交流センター)で多摩各自治体の首長や議長等大勢の来賓や、市民功労者や技能功労者等受賞者が参加し、盛大に挙行されました。

私が市長在任の16年の間にも、巡り合わせで数々の節目を迎えました。

日本中がコンピューターの誤作動によるライフラインへの影響が懸念された「2千年問題」のため、年末から西暦2000年1月1日は、理事者や管理職は不測の事態に備え市役所で新年を迎えました。また、21世紀のスタートとなる2001年、そして、市制45周年、50周年、さらに、55周年などを迎えることになりました。

特に、平成20年10月の市制施行50周年は大きな節目になるため、私は早い時点から市民の記憶に残る対応をしたいと考え準備をしていました。

平成19年10月スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーを職員とともに訪ねました。鈴木さんの執務室での話が一段落した時、「稲葉さん、宮さんは小金井市のイメージキャラクターを作ってもいいって言ってるよ」とのこと。鈴木さんが言う「宮」さんとはスタジオジブリの宮崎駿監督のことです。市が市制50周年を迎えるに当たっての準備の中で、市のイメージキャラクターを宮崎監督に製作していただくことを考えていました。私が宮崎監督の前で再三「イメージキャラクターがほしいな〜」と呟いているのを同席することの多い鈴木さんもご存知でした。

私は「ありがとうございます、是非お願いしたい」と話すと、鈴木さんはおもむろにテーブルの引き出しからクリアーファイルを出しました。その中には、小金井市のイメージキャラクターの案がファイルされていました。

私は、同行した職員に、これから正規の手続きに入るので今日のことは口外しないようにと口止めしました。

後日、宮崎監督にお礼を申し上げるとともに、担当がスタジオジブリと事務的手続きに入りました。

平成20年3月の市議会定例会の施政方針の中でイメージキャラクターの製作を表明するとともに、その必要経費を予算化しました。

スタジオジブリとの交渉の結果、あの鈴木プロデューサーが所持していたキャラクターが正式に小金井市のイメージキャラクターになったのです。

イメージキャラクターには名前が必要です。そこで全国に向けてアンケートをお願いしました。その結果、約4千通の応募があり「こきんちゃん」が、私の予想していた2位の「こがねちゃん」に2倍近い得票で決定しました。

その後「こきんちゃん」の着包みも製作され小金井市のイメージキャラクターとして定着し、多方面で小さな子どもから高齢者まで多くの方々に親しまれ、大活躍しているのはご存知の通りです。

また、「こきんちゃん」には、「子どもが元気なまちが発展するんです」という宮崎監督による一文が添えられていました。

(つづく)