走り続けた16年(119)

給食の委託化と都議選の顛末②

平成29年7月11日の本欄に「都議会議員選挙」の表題の寄稿文が掲載されました。

それは、平成25年の6月議会に、多くの難関を乗り越え学校給食の民間委託の予算を最後の関門である議会に提案しました。しかし、民主党(現在は立憲民主党)の2議員の理解が得られないことから予算の成立は困難となりました。そこで、当時民主党の支部長の西岡真一郎都議(現市長)に、もし予算を通してもらえれば、私は、その後に行われる都議選で自民党新人の木村基成候補の応援はしない、と申し出ました。結果的には民主党の賛成もあり小学校5校の委託が決定しました。

自民党都連などから強い要請もありましたが、小金井市の財政再建のための行革は私にとって最優先政策であり、厳しい批判もありましたが、覚悟して都議選には関わりませんでした。都議選は全都で自民党が圧勝し、小金井市に木村都議が誕生しました。

この新聞への寄稿に対し、小金井市議会民進党(民主党から改称)から新聞発行日の日付で「寄稿文は事実に反する記述がある」と、翌7月21日号の小金井新聞に反論の記事が掲載されました。

その内容は「貴社の『小金井新聞』7月11日号に掲載された稲葉孝彦氏の寄稿文は事実に反する記述があります。」とし「まず、当時の私たち市議会民主党が小学校給食調理の民間委託に反対をしていた事実はなく、必要な民間委託は進めるべきとの立場です。

また、小学校給食調理業務の民間委託の意思決定過程において、寄稿文にあるような都議会議員(当時)から市議会民主党への指示や関与の事実もありません。

こうした事実無根の記事が掲載されることは、当時の担当市職員の皆さんの懸命なご努力や、小金井市の学校給食を守り育てるためにご尽力されている市民、保護者や関係者の皆様を侮辱し、小金井市議会の信用を著しく損なうものであり、到底看過できるものではありません。

平成29年7月11日 小金井市議会民進党 鈴木成夫 岸田正義 村山ひでき」とありましたが、私は寄稿文で「都議会議員からの指示や関与」について触れていないのです。

当時の民主党議員は鈴木成夫議員と岸田正義議員のお2人で、村山ひでき議員はその後加わったものです。前記2議員は現在、立憲民主党に所属し、西岡市長を支える与党の中心に位置しています。

これに対し、私は8月1日号の本欄で、記録と記憶に基づき、反論こそ事実と異なると、経過を丁寧に説明させてもらいました。しかし、鈴木議員らは「市民、保護者や関係者の皆様を侮辱し、小金井市議会の信用を著しく損なうものであり到底看過できるものではありません」と強弁しながら、これに対する私の主張に、現在まで沈黙を守っているのは非常に残念です。

この紙面でのやり取りに対して、市民から議会に「真相を解明せよ」との陳情が出され、これが議会でも議論になり、その経過が明らかになりました。

(つづく)

走り続けた16年(1)

小金井市長選挙①

小金井市長選挙は度々投票日が変わってきました。それは、市長が任期中に辞職することに起因します。

今回は、12月13日に執行されましたが、4年に1度とはいえ、市議会定例会や予算編成など12月の選挙は行政運営上厳しいものがあります。これは、佐藤和雄市長のごみ問題等の不適切な選挙公報などにより、ごみ処理が大混乱となり、その責任をとって辞職したことからこの時期になったものです。

小金井市は市長が任期を全うできずに辞職することが度々ありました。大久保慎七市長が3期の任期満了による退任を殊の外、喜んでいたことが思い出されます。

昭和56年2月17日、市議会は星野平寿市長の適切さを欠いた公務出張等に関し不信任案を可決しました。星野市長は自らの辞職でなく議会の解散を選択し、市議会議員選挙となりました。市議選が統一地方選挙から外れたのはここに起因します。

市議選の結果は星野市長不支持の議員が圧倒的多数となり、星野市長は2年で市長を辞職しました。これにより5月市長選挙となり保立旻氏が当選しました。これで市長選挙も統一地方選挙から外れることになりました。

その保立市長も、昭和61年12月、議員側から提出され可決された「老人入院見舞金支給条例」を再議(市長が議会の議決に意義がある場合、再度議会に議決を求めることで、議決どおり確定するには出席議員の3分の2以上の同意が必要になる)に付しました。

そのことから、議会が大混乱となり、昭和62年3月5日、1期半6年の任期で辞職しました。そのため、市長選挙は再び統一地方選挙に戻ったような形にはなっていました。

小金井市長は星野氏、保立氏、そして佐藤氏と任期途中での辞職となっており、市政運営の難しさが表れています。その度に選挙日が動くということにもなりました。かくいう私・稲葉も、再開発等まちづくりを含む一般会計予算が否決されたことから平成16年6月、「民意を問う」と一旦市長を辞職し再選挙をしたこともありました。現職市長が辞職して再選挙に当選した場合の任期は、前回の任期の残任期間となりますので選挙日が変わることはありません。

小金井市は市長選挙と市議会議員選挙がずれていることから、市政運営は4年を周期には成り難いものです。市議選により議会構成が変わり、進めてきた政策の遂行が難しくなることも度々でした。

また、投票率にも影響します。理想をいえば、統一地方選挙に合わせることですが、せめて小金井は市長と市議会議員の選挙を一緒にできないか腐心しましたが果たせませんでした。

今後、4年を周期とする安定した市政運営をしていくためには、法改正を含めて知恵を出す必要があります。
(つづく)