さくら通信

市庁舎建設工事の入札が再び中止に

小金井市最重要課題の一つである市役所の新庁舎建設にあたって、昨年12月に建設予算 130億円の債務負担行為と、庁舎の位置の変更も全員賛成で議決され、大きく前進しました。

次は本年1月に、施工業者の選考に入り入札公告を開始しましたが、手を上げる業者がなく 入札は中止になりました。

そこで市は、4月に予定価格を約3億円増額し、約130億円で再公告し参加業者を募りました 。

そこに一社が希望しましたが、7月17日その事業社が、下請け業者が確保できないとの理由で辞退し、入札は再び中止となりました。

その結果、今年10月着工、令和10年9月竣工、翌年1月供用開始の予定は、遅れることになりました。

今後については未定とされていますが、9月議会での市長の対応が注目されます。

 

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歩数 1万歩の 記録 途切れる

令和3年1月中旬、スマホの歩数計を見たら、元旦から1万歩超えを見て、どこまで続くか試しました。

1年経過したので4年は1万5000歩に増やしましたが、時間的にも困難があり、令和5年から1万歩に戻しました。

その間、困難もありました。

4年前の都議選の時は、つまずいて左足親指の付け根の骨がかけたり、三宅村の訪問は夜まで自由な時間が取れず、また、小金井リトルシニアの全国大会出場に同行し、夜中に歩くなどいろいろありましたが、歩数を合わせてきました。

家に入る時、歩数を確認し、足りなければ回れ右です。

こんなことを4年半続けてきました。

本年 6月13日に告示された都議選で、候補者の選対本部長を受けることになり、時間がないことから、選対委員に無理をお願いしなければならないことから、朝6時半からの朝立ちから夜遅くの選対会議まで、また、選挙車にも乗るなど先頭に立っての選挙戦でした。

残念ながら結果は出せませんでしたが、全力を尽くさせていただきました。

そのため、私の連続記録はここで終わりました。

その後も、暑さを避けて毎日歩いていますが、記録は気にしないようにしております。

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運転免許証の書き換え

本年11月の誕生日前の免許更新には、事前の検査が必要との案内が届きました。

これによると75歳以上の人は、更新前に認知機能検査と運転技能の検査を受ける必要があります。

そのため7月2日、3日に、緊張する中で両方の検査を無事済ませました。

あとは誕生日の1ヶ月前からの更新の手続になります。

昭和39年12月に取得した運転免許は60年以上を経ており、躊躇もありますが、更新の手続きに入りました。

あのコロナ禍の直前、令和2年1月末、銚子へのドライブを最後に車を手放しました。

理由は、駐車場、車検、保険と掛かる金額の負担と、走行距離を考えての結果でした。

そのため、ハンドルを握るのは道路を知り、行動範囲の広い故郷の銚子や、友好都市の三宅島に行った時のレンタカーに限られます。

高齢者による悲惨な事故が報道されます。 安全運転に徹します。

さくら通信

小金井新聞 再発行

市民に親しまれていた小金井新聞が、月3回の発行から2回に、そして1回になり、いつの間にか予告もなく休刊になってしまいました。

これは、社主の木内広子さんの体調不安によるものでした。

それが、6 月25日に再発行されました。

これは、この4月で 市議会議員を引退した、五十嵐京子さんが編集長になって 再発行することになったのです。

私の「走り続けた16年」も284号で止まっていましたが、再開いたしました。

どうぞ 、今後の小金井新聞に期待してください。

さくら通信

可燃ごみ処理を日野、国分寺と3市で

日野、国分寺、小金井の3市の市民が排出する燃やすごみの処理は、日野市石田1丁目にある浅川清流環境組合で焼却処理しています。

小金井市は平成19年3月、老朽化した二枚橋焼却場を廃炉して以来、多摩各地の広域支援に頼ってきました。

平成24年1月23日夜、三鷹市新川の焼却場で小金井市のゴミを焼却処理してもらうため、施設周辺の住民への混乱の説明会が終え大雪の帰り道、職員から「日野市はクリーンセンターの建替えを共同で行うことを考えているようです。」との報告がありました。

早速情報を整理して、馬場弘融日野市長に面会を求めました。

馬場市長とは、お互い市議会議員時代からの同志でした。

市長室に入ると、旧知の間柄にも関わらず、なぜか彼から名刺を手渡されました。

その名刺の左端に「覚悟を、そして希望を ーいつか 思いは叶うー 」の文字が、ブルーブラックのインクで手書きされていました。

平成24年4月、日野市役所の会議室で、日野市長、星野信夫国分寺市長と私の3人で、燃やすごみの共同処理を進めることで合意しました。

そして、条件整備の細部の交渉が、副市長、部長級の交渉が結実し、25年3月13日、3市の可燃ごみの共同処理を推進することの覚書が、3市長で締結されました。

平成25年4月日野市は、馬場市長の後継の大坪冬彦市長に引き継がれ、事業は計画通り進められ、令和4年4月1日から30年間の本格稼動がスタートしました。

そして、大坪市長の3期目の任期が、この令和7年4月26日で終えることから、4月23日午後に日野市役所を訪ね、小金井市がお世話になった感謝の気持ちを伝えるとともに、再会を約束して日野市を後にしました。

4月28日(月) 午前9時、新市長の古賀壮志氏( 47 )が初登庁しました。

古賀市長の父・俊昭氏と私は、昭和60年以来の盟友 で、彼は都議会議員 7期の任期中に逝去されました。

壮志氏には、父・俊昭氏の思いの分まで、頑張ってほしいと思っています。